‘ご報告’ カテゴリーのアーカイブ

本山中学校創立七十周年

2018/01/25

本山中学校今昔本山中学校創立70周年を記念して、校長先生、生徒会長(七十一回生)、卒業生(四十一回生、十五回生)に寄稿いただきました。

 

濱田校長先生■ 「地域とともに歩む本山中学校」
校長 濱田直勝

1947年(昭和22年)、本校は新制中学校のひとつとして誕生しました。
本年、創立70周年を迎えました。
この間、生徒急増対応のため、本山南中学校が分離したり、阪神・淡路大震災という未曽有の災害、また、生徒の学校生活が落ち着かない時期もあったりするなど、いくつもの困難はありましたが、そのたびに、生徒や教員の頑張りや、保護者の皆様のご理解、そして、地域の皆様からのお力添えのお蔭で、それらを乗り越えてきました。
現在、本校は、運動面も文化面も常にハイレベルな活動を展開しておりますが、それは、先日行った体育大会や文化祭、音楽コンクールなどで立証済みです。また、授業中の態度も素晴らしく、全市に誇る立派な生徒ばかりです。
これからも、日本はもとより世界をリードしていく人材を輩出できる学校であり続けたいと思います。ぜひ、本山・岡本を中心とした地域の皆様には、ますます本山中学校を応援していただきますよう、心より、お願い申し上げます。

生徒会長 飯田康太郎■「Active Believe Challenge ~輝く未来のために」
生徒会長 飯田康太郎(七十一回生)

今年、2017年は、本山中学校にとって特別な年。
昭和22年の本山村立本山中学校としての創立から、ちょうど70周年という節目の年を迎えています。創立当初から現在に至るまでの本山の大きな発展は、地元の方々のご支援があったからこそ、成し遂げられたものです。
70年目の本山中学校では、年間のスローガンとして「Active Believe Challenge~輝く未来のために」を掲げています。
仲間とともに、動き、信じ合い、挑戦する。本山中学生は、これらの3つの合言葉と、仲間や先生方、地域の方々への感謝の気持ちを胸に、充実した日々を送っています。

青雲高く 空澄みて ♪
紅梅薫る 六甲の峰 ♪♪

昔から歌い継がれる本山の校歌の一節です。吉野の桜と並んで詠われた岡本の梅と本山中学校との結びつきは、校歌のほかにも至る所に見られます。地域とのつながりを大切にする本山のあり方は、今も昔も変わりません。

 

PTA会長 森下充朗■「本山中学校・節目の七十年に思う事」
本山第二小学校PTA会長 森下充朗(四十一回生)

昭和六十年の入学当初十六クラスあった一年生は再編成の末、十七クラスに増えました。全校生徒数二千人を超える本山中学は私が二学年に進級する際に本山南中学が新設され我々の学年から転出しクラスも半減しました。
そんな波乱含みの中学校生活を更に思い出すべく卒業アルバムを眺めていますと、なんと私が三年生の時に創立四十周年を迎えていたことに気付きました。体育大会も文化祭も全て四十周年記念行事だったのに覚えていないとは何と薄情者なのか…。これを機に「自身の年齢が〇五歳を迎える年は周年祭」であることを頭に叩き込んでおこうと思います。
さて、そんな私は西岡本で生まれ育ち、岡本で仕事をさせていただいています。地域の縁も沢山あり、嬉しいことに本山中学に出入りさせていただくことが多くあります。体育大会などでは若人の躍動に当時の自分を重ね合わせ、卒業式では生徒達の堂々たる姿、歌声に感動を覚えました。生徒達を見てこのように感じられるのは本山中学校の気質にあるのではないでしょうか。私はこの伝統ある本山中学気質が好きです。
これからもこの古き良き気質を大事にしていただきたいと願います。そしてその伝統を重んじながらも八十周年、百周年へとより発展していただきたいと心より願っています。

 

橋谷惟子■「あの時の本山中学校」
橋谷惟子(十五回生)

忘却の彼方の記憶を辿っていくと、今では信じられないような学校の決まりや習慣がありました。もう60年も前の話です。
団塊の世代のトップの私達3年生630名、2年生700名強、1年生は800名を超えていたと思います。もちろん、南中は存在していません。1クラス55人ぐらいでした。プレハブ校舎が運動場に建ち並び、体育館は4クラスが入っていました。木造校舎で元気に騒いでいると、職員室から先生がよくおでましになられました。だって運動場がないんだものネ!
私が2年生のときに制服の提案がありました。その時は標準服といって、中学生らしい服ならOKで、姉のお下がりのジャンパースカートなるものを着ていました。男子は丸坊主で詰め襟の学生服でした(かわいそう!)。提案された制服は、今でいうダサいデザインで花の中学女子は殆どブーイングでした。決まってから、一年間の猶予期間があり、そのとき3年になっていた私はそのままで。
お昼は近くの人は家に帰って食べてもいいということでしたので雨の日以外は食べに帰っていました。3時間目と4時間目を間違えて焦った時もしばしばありました。シッカリ失敗したこともありました。
学校の勉強は結構厳しかったです。定期考査や実力考査は成績順に1~10位とか~30位まで、名前と点数が廊下に貼り出されます。私には関係のないことですが、なまじ指定席のある人たちは大変だったと思います。
放課後は受験のために補習授業を受けて、その組み分けは実力考査の成績順で学期ごとに組み替えでした。メッチャイヤでした。さらに特別補習もありカンベンしてくれ!!状態です。賢い子によく頼っていました。また来た!と云われながら。
本中は大人しい(覇気がない)といわれていましたが、神戸市のなかでは文武両道で名を馳せていました。本山中学校の3年間の仲間はいまでも仲良しで3年毎に同窓会をしています。
最後に私の好きな校歌の一節をお聴かせいたします。エッヘン

都の塵に遠ざかり ♪
都の文化、うとからず ♪
港都 神戸のひんがしの ♪
我らが本山中学校♪♪

お粗末様でした。

 

校庭の風景   5_2  5_3

 

 

 

 

美しい街であり続けるために 2017年4月~7月

2018/01/25

※8~10月の事前協議案件は10件でした。

①阪急岡本駅→駅舎・駅ビルに設置されているすべての広告物についてルール&ガイドラインに適合するよう更新する計画。
屋上広告は原則設置不可であるが、「阪急岡本駅」の屋上広告については、公共性の観点から、六甲山を透かして見える意匠とすることを条件に特別に設置を承認することとし、文字の大きさはルールに適合するよう更新

②NORTH SHORE→窓面広告の繰り返しとりやめ、置き看板の大きさをルールに適合するよう変更

③きた乃→特に問題なし

④河合塾マナビス(キャンパス通り)→窓面広告のルール、ルール制定の意図をご理解いただき、開口部の20%以下となるよう変更いただいた

⑤河合塾マナビス(JR線路沿い)→既存不適格の壁面広告をルールに適合するよう更新する計画。表示内容や意匠について現在協議中

⑥ミスターミニット→特に問題なし。確認のため寸法等わかる資料の提出をお願い

⑦若松塾・東進衛星予備校→特に問題なし

⑧オーエスドラッグ→入口上部の壁面広告の設置位置を地上から2.5m以上となるようにすること、同じ文言を繰り返えさないこと、屋号および屋号でない文字の大きさをルールに適合するよう修正をお願いした

⑧日住サービス→窓面内側から掲出されている物件表示についてLEDライトで照らしたいとの申し出があった。窓面広告の表示率のルールの内容を説明し、表示率を現在より減らしていただくようお願いした

⑨ナチュラルナチュレ→壁面広告の文字の大きさをルールに適合するよう修正

⑩オンワード樫山→屋号変更のため、壁面広告および窓面広告を更新。室内から屋外に向けたモニター設置について取り止めのお願いをしたが叶わなかった

協議が必要な行為

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第5回サインスクールで宣伝してきました

2017/08/23

5 「一般社団法人サインの森」という全国の看板(屋外広告物)の業者の団体が開催するサインスクールに講師としてお招きいただき、私たちのまちづくりについてお話ししてきました。

年一回初級者向けのサインスクールを4泊5日で開催されており、今年は第5回目とのことです。朝7時半から夜7時までビッシリ講義があり、講義後夜9時までにレポート提出というすごい時間割でした。受講者は入社3年未満の若い方々で、熱心さに圧倒されました。

講義内容は、看板とはなんぞや、から始まって、基礎知識、技術、営業、法律、ありとあらゆる看板についての講義が39時間。
その中の1時間をいただき、「岡本版・屋外広告物ルール&ガイドライン」に込めた思いや、ルール&ガイドラインができるまでの検討過程などをお話ししました。

「このまちに住みたい、このまちで働きたい、このまちで子育てをしたい」と思われるまちであり続けたいという一心でまちづくりに取り組んでいること、屋外広告物ルール&ガイドラインは「素敵な看板でまちを彩りたい」という思いでまとめあげたこと、住民が中心になり検討した、小さなまちの独自ルールが市のルールになったこと、ルールができて終わりではなく、魂を入れ続けることと形骸化しないように歩み続ける大切さもお話ししました。

これまで、まちづくりを楽しみながらやろうと、いろんなことをしてきました。神戸大学の三輪研究室の協力も得て、ワークショップや現況調査、アンケート調査を実施したり、素敵な看板コンテスト、勝手提案コンテストなど、様々な取り組みをしてきたこと、事前協議でのやりとりなども具体的なエピソードを交え、多岐にわたり、10年の歩みをスライドで紹介しました。

看板屋さんたちも目立つだけの看板ではなしに、いかにそのまちの感性が自慢できるようなものにできるか、ということを大切にしていきたいとおっしゃっていました。

登る道は違っていても、めざす頂上は同じということもまた再認識しました。

橋谷惟子

すごい賞もらいました!!

2017/04/10

神戸都市デザイン賞受賞しました!2017042

第3回神戸市都市デザイン賞で、「岡本版 ルール&ガイドライン」が、まちのデザイン部門・市民活動賞を受賞しました。
昨年の12月10日(土)その日は小春日和でした。場所は神戸芸術センター2Fの「プロコフィエフホール」と言う(とても言いにくい名前の)なかなか素敵な温かみのある小さなホールでした。
表彰式に出席し、鳥居副市長から表彰状と立派な盾を授与していただきました。

■ 講評
美しい街岡本協議会は、昭和57年の発足以来、景観まちづくりに取り組んでおり、平成21年度から屋外広告物のルール&ガイドラインの検討に着手し、平成28年3月に施行された建築物に関するガイドライン策定はこれま でもあるが、広告物に関するガイドライン策定は、例がなく、景観まちづくりの成果として意義がある。
このルール&ガイドラインは、屋外広告物の種類や通りごとに、設置位置・設置数・サイズ・文字の大きさを定めるなど詳細な事項にまで及んでおり、協議会による主体的な取り組みと合意形成への持続的な努力が基礎にあるからこそできる内容となっている。
地域住民が主体となって景観まちづくりに取り組み、最終的に神戸市の景観計画として定められた点が評価できる。

2017041■ 神戸市都市デザイン賞
神戸市都市デザイン賞は、神戸らしい魅力ある空間・環境を形成している建築物や市民活動等を表彰するもので、まちのデザイン部門・市民活動賞は、神戸市内で実施している景観まちづくりに関する取り組みなどに与
えられる賞です。
当協議会の長年に渡る景観まちづくりの活動や、地域住民が主体となり策定した小さなまちの独自ルールが景観法基づく景観計画に位置づけられたことなどが評価されました。
■ サインでさるく?長崎のまちなか軸

20170409開港5都市景観まちづくり会議に参加しました。今回の開催期間は2016年11月 4日(金16日(日)でした。開港5都市(神戸・長崎・新潟・函館・横浜)が持ち回りで毎年開催しているこの大会も今年の長崎 で22回目です。当協議会からは橋谷と政野氏が参加しました。神戸からは総勢18名で、 飛行機の時間の関係で、開催時間スレスレで会場に飛び込み、2泊3日のスケジュールをやっつけ!ました。
1日目、「長崎景観専門監について」九州大学持続可能な社会のための決断科学センター准教授(←これ正式名称です。念のため。)の基調講演がありました。「専門監て? なんのこっちゃ?」みたいな感じではじまりました。景観に関するインハウス・スー パーバイザー制度のこと…。ますますわからん。大学もいろんな学部があります。早い話が、公共事業に関するデザインの調整と、職員の能力向上の取り組み、らしいです。チョット私たちと立ち位置が違う気もしましたが、基調講演なので…。
続いて、各都市代表のパネルディスカッションでは、担い手に関する話題、次世代に引き継ぐための話が飛び交っていました。担い手との関わりということで、まちのおじさま方の合唱団や可愛い小学生たちのコーラ スも披露され、ホスト側のキメ細やかな進行の努力に頭が下がりました。
2017040932日目は分科会です。私たち岡本組は「サインでさるく長崎のまちなか軸」に参加しました。ちなみに、サインとは看板のことです。さるくとは歩く(長崎弁)です。
とってもよかったです。参考にもなりました。常日頃歩いている生活道でそこに生活しておられる人々の感じがし、看板は景色(景観)と一体となっていて、なくてはならない存在で、まちの時間を感じました。 コーディネイトしてくださったのは、若い看板屋さんたちで、私たちと同じ思い、同じ目線で仕事をしておられることがわかり、ビックリでもあり、とてもうれしかったです。私たちの活動にもエールを送ってくださり、元気をいただきました。

201704092また、他に気が付いたことは、ほとんど路地を歩いたのですが、家の前、店の前には必ずといっていいほど「みどり」が植えてあることでした。それぞれが思い思いに 大きさも種類もマチマチですが、それぞれの路地ごとに不思議なほど統一感がありました。チョット小さな腰掛けがあったりして住んでおられる方の心配りが伝わりとても素敵なまちだと感じました。
制限時間ギリギリまで歩き、あとで足パンパン!歳を再認識させられました。 橋谷惟子

クリーン作戦を実施しました

2016/12/01

クリーン作戦20160912クリーン作戦を実施しました

9月12日(月)、クリーン作戦を実施しました。美しい街岡本協議会は、毎回、山手幹線歩道のガム取りを行います。3月は、雨のため中止となりましたが、この日は、お天気に恵まれ、甲南女子大学の学生48名、職員の方6名の参加も得て、6か所のエリアに分かれて、順調にスタートしました。今回は街路樹の草もきれいに取り除けました。参加者の皆さんに感謝いたします。
一方で、エリア内の店の参加が少ないこと、私たち幹事が参加・協力を伝えきれていないことがあります。年に2回のクリーン作戦なので、是非積極的にご参加いただきたいと思います。来街者が快く過ごせる街でありたいものです。

柏木 良一

皆で街をきれいにしましょう

クリーン作戦201609122クリーンクルー活動を始めて1年が経ちました。幹事を中心に始めた活動ですが、今では、老若男女、一般の方の参加も増えてきています。
1周年を記念して、いつも参加してくださっている方に寄稿いただきました。

クリーンクルー活動に参加して広報を見て、参加したばかりの私です。
毎月第4土曜日の朝8時に摂津本山駅前に、家族連れも含め約10人が集まり、グループに分かれ、清掃を続けています。きれいな所もありますが、吸殻、食品包装紙、紙くず、空容器等が、無造作に捨てられています。
美しい街岡本協議会のクリーンクルー活動以外にもタクシーの運転手さん、婦人会の方々のご奉仕もあると聞きました。「ステン・スワン・プロジェクト」で甲南大、薬大、甲南女子大の学生さん達がゴミ拾いと啓蒙活動をされています。感謝です。一人のご婦人が草を抜き、こつこつと清掃に励んでおられる姿にとても感動しています。
みんなで岡本周辺をきれいにしましょう。忙しくて清掃活動に参加できないあなたもゴミが落ちているのを確認して下さい。これが第一歩です。そして皆様それぞれの仕方で第二歩を踏み出して欲しいと願います。

伊吹 三樹雄

次回は3月13日(月)です。皆様のご参加をお待ちしています!
クリーン作戦は年に2回、3月と9月の第2月曜日に岡本商店街振興組合・本山中央婦人会・甲南大学・甲南女子大学・神戸薬科大学・美しい街岡本協議会が協力して。道路のガム剥しやゴミ拾いを一斉に行う一斉清掃です。

5年に1度のホスト役 「開港5都市景観まちづくり会議・神戸大会」

2016/04/17

開港5都市景観まちづくり会議・神戸大会秋号でご案内しました「開港5都市景観まちづくり会議・神戸大会」(平成27年11月6日(金)に全体会議、7日(土)に分科会)が開催されました。
当協議会の幹事・サポーターも、開催都市神戸の景観まちづくり団体の一員として参加し、多くを学び、刺激を受けました。

■ ためになった、楽しかった 石橋 正敏

まち協では月に一度、公開幹事会が開催されています。僕は2年前の1月から参加している一会員で、幹事ではありません。「開港5都市景観まちづくり会議」という言葉を知ったのは1年目の夏。それが今回、神戸で開催されるということでスタッフの一人として神戸朝日ホールへ足を運びました。
進行表を手にし、「知りもしないのに評価することの愚かさ」を自己反省。というのも、函館・新潟・横浜・長崎そして地元神戸から、多数のまちづくり団体が参加する内容の深い会議なのです。
公開幹事会に参加していなければ知らないままだったでしょう。景観というと、京都のお店の看板の色は他とは違う。その程度の認識でした。開港5都市景観まちづくり会議を5都市持ち回りでやっているのも初耳。
1日目は、全体会議(各都市活動紹介など)と基調講演の2部構成です。定員350名のところ、倍の700名を超える応募があったそうです。その動員力となったは、小説家・玉岡かおるさんの基調講演でしょう。それを楽しみにしていたのは僕も同じだから…
第一部。各都市の発表は、関係者以外はさほど興味がない空気感は否めません。しかし、皆さん、徐々に乗り出して聞いています。「へー」とか「そうなんや」といった頷きも伝わります。その地へ旅した気分になる発表もありました。
第二部。いよいよ玉岡かおるさんの登場。赤いジャケットに真珠のネックレスとブローチ。神戸を表現するアクセサリーです。
「陸尽きて海始まる神戸のまちの物語~「お家さん」の歴史から~」という講演タイトルは流石です。幾度の災害にも甦ってきた神戸の物語は、講座を受講しているようで実にためになるのです。神戸市民である喜びを感じさせてくれるエピソードも散りばめられていました。
今回、僕と同様に、「目から鱗」だった人が会場にいたと思います。
ラッキーにも当選した350名の多くが、景観まちづくりに取り組む5都市があること、神戸もその一つであることを知ることになった気がします。
僕がそうだったように経緯はどうであれ、一人でも、わが街岡本が景観まちづくりに取り組んでいることを頭の片隅にインプットしていただければ幸甚です。

4_2■魚崎郷まちあるき 小田 敏夫

古来より酒造りが盛んな阪神間、その五つの酒造地域の総称が灘五郷。そのひとつ、魚崎郷のまちあるきに参加しました。
まずは、櫻正宗蔵開きから。酒造りの始めに関係者のみで行われる神事ですが、今回、特に参列を許されました。厳かな神事に、日本人が万物の全てに神性を見出して、感謝を奉げてきた歴史を感じます。魚崎郷は、そんな日本人の伝統や価値観を引き継いできた町です。
しかし、あの阪神・淡路大震災で、魚崎郷の歴史ある木造蔵は全壊、町は荒廃しました。震災前、十二社あった酒造会社も、今では五社となり、かつての跡地には他業種の建物や大きなマンションが立ち並んでいます。新しい住民には、この町の歴史を知らぬ人も増えたと聞きました。
魚崎郷まちなみ委員会の人達は、町の歴史を次代に伝承して、真の町の復興をすべく活動されています。その具体的な成果が、まちあるきで案内された建物や構造物の意匠に反映されていました。
私達の町、岡本とは、また個性の異なる魚崎郷ですが、町を愛し、守っていく姿勢には、変わることがないと実感し、勇氣を頂きました。ありがとうございます。

まちづくりは愛だ■まちづくりは愛だ 足立 大輔

僕が参加させてもらったのは、2日目の分科会3「まちは誰がつくるの?」で、他都市の皆さんに岡本のまちづくりについて紹介し、意見交換をするという企画です。
今回、僕は、屋外広告物の事前協議の成果(お店の看板を岡本のまちに似合うものに変更いただいた例)を紹介する役目でしたが、とても緊張してしまい、しどろもどろに・・・。えらいこっちゃでした。しか~し、そこは、司会者のわが美しい街岡本協議会のコンサルタント根津氏の巧みな話芸でカバー! さすが見事でした。
それからは新長田北・魚崎郷・岡本のまちづくりに関するクイズと意見交換に移るのですが、今思うに僕はこの会をナメていましたね。だって、こんな難しそうな企画、楽しくないですやん!
意見交換のテーマを1つ紹介します。「紳士協定の独自ルールでまちなみ形成・まちなみ保全を図ろうとすることの意義は?」。えっ!? 何!? これは… 国会中継の議員みたいに居眠り者続出だぜ(泣)
ですが、そうさせないのが、美しい街岡本協議会です!
クイズは4択で、①~④の旗のうち正解と思う番号を挙げる旗揚げ形式です。なんか楽しそう(笑)。その後は、特大のサイコロを転がして、事前に配っておいたカードの番号で、出た目の数を持つ方に意見をいただくというルール。
「イヤーン当たらないで~」サイコロが転がる時の皆さんの息を飲む音が聞こえてきそうでした。
けれど、アットホームな雰囲気の中、皆さん、しっかり意見を述べられていました。あまりに上手く話す方には名司会者も脱帽! その方のお話はこうです。「まちづくりは行政ではなく住民が行うもの。『市民参加』ではなく、住民主体のまちづくりに『行政参加』というのが本来の形だと思う。」「まちづくりに限界があるとすれば、まちへの関心を持たなくなるときではないか。関心のない人をいかに振り向かせるかが、今まちづくりに取り組まれている皆さんが悩まれていることかもしれない」

5_2 蓋を開ければ、びっくりポン’皆さん、居眠るどころか、目をキラッキラさせておられました。真剣に議論されており、それぞれに、それぞれのまちづくりがあり、皆さん試行錯誤しておられるのだなあと感じました。
ある方が「まちづくりは、愛だー。」とおっしゃられたのがとても印象に残りました。そのことは僕でも理解しました。これから、僕もいろいろ理解できるようにまちづくりに励みます。

岡本版・屋外広告物ルール&ガイドライン 新冊子ができました

2016/04/17

岡本版・屋外広告物ルール&ガイドライン 新冊子 大解剖!!
新しい冊子ができました

平成26年5月の定期総会にて承認されました、岡本オリジナルの屋外広告物に関する決まりごと「岡本版・屋外広告物ルール&ガイドライン」の内容に則して、看板を設置しようとする事業者と事前協議を行ってきました。
そして、この度、景観計画変更手続きが無事終わったことを受け(平成27年12月25日告示/平成28年3月25日施行)、「まち協のルール」が、神戸市景観計画の制限として「神戸市のルール」に位置づけられました。

美しい街岡本冊子解剖同時に、新しい冊子もできあがりましたので、本紙にて、中身を少しご紹介したいと思います!

P7・8では、基本方針として、
1.岡本の街の遺伝子を活かす
2.小さくかわいい岡本の街に似合う
3.道ごとの特徴・雰囲気に合わせる
4.歩く人の視点を意識する、という4つの考え方を示しています。

 

 

 

ガイドライン
P9~11では、山手幹線、岡本坂、フェスティバル通りなど、岡本にある様々な道ごとの特徴と、道ごとのイメージ・雰囲気に合わせるデザインのポイントを示しています。

 

 

基本方針

P13~20には、全ての広告物に関すること、P21以降は広告物の種類別のルール&ガイドラインの内容を記載しています。
P21、22壁面広告の頁では、設置位置と大きさの制限について記しています。特に、大きさについては、基本方針で示したように、道ごとの特徴を踏まえ、道幅に合わせて差を設け、歩行者の目線高さに設置する場合は、すべての道で共通して、小さめのサイズとしました。

 

 

 

次につなげる活動を

2015/09/29

新しい幹事が加わり、「鬼に金棒」頼もしい、うれしいかぎりです。新しい若い幹事の力や想いを軸にして次につなげる活動を模索していきたいと考えています。本頁には、幹事の自己紹介挨拶、今年度の事業計画、屋外広告物ガイドラインの追記事項について掲載しました。

今年度もよろしくお願い申し上げます。

 

身長は158cmしかないのに、大きいという漢字を使います。(足立大輔)

日々岡本で暮らせてきたこと、暮らしていけることに感謝しています。(横田伸之)

岡本版「屋外広告物条例」施行元年!美しい看板で彩られるまちを夢見て!みんなの力で。(橋谷惟子)

岡本で商売を始めて10年。もっと住み良い魅力ある街にしたいです。(遠城靖)

表紙の色決めと、色の一言を担当。カラーリストの政野です。(政野比彩代)

「美しい街岡本」の編集をしています。夢は、随筆集を出版することです。(小田敏夫)

石畳みの街を歩く人には店先の花一輪は何よりのおもてなし。(柏木良一)

岡本に勤め始めてもうすぐ1年、若い世代からの意見を発信出来ればと思います(松本唯)

岡本で働かせていただいて1年半になります。地域のみなさまに支えてもらっています。(髙田聖子)

美しい岡本のまちを次の世代につなげていく想い。微力ですが、伝えていきたいです。(小城有佳)

岡本のハートフルでクリーンなスマート文化をまち協幹事として、心を遊ばせる空間を求める旅として取り組みたいと考えておりいます。(寺井康裕)

フランス輸入食品店を経営しており、他の地域の皆様に岡本の魅力をお伝えできればと思っています。この街の自然を大事にし、引き立たせ、「岡本」というブランドを作り、この街をもっと知って欲しいと強く思います。(Olivier SALOM)

岡本生まれ岡本育ちの50歳。まち協では、みなと銀行前ふれあいミニ花壇で、皆さまにお世話いただいております。祖父の代から岡本に住み、商売を営んでいることから、地域の歴史発掘活動などに興味があります。(松澤一慶)

まち協発起人の一人ですが、それから30数年が経ちました。一代30年と云いますが、現在は2代目の時代に入っています。新しい考え方でより良いまちづくりを進めていってもらいたいです(林祥一)

途中下車したい駅を目指して

2015/09/29

5-15月24日(日)午前11時~摂津本山駅北側駅前広場完成記念セレモニーを開催しました。天気予報は雨。しかし雨よけに設置したテントが逆に日除けになるほどの好天に恵まれました。

「麦の唄(※1)」の演奏で幕を開けたセレモニー。司会の高井美紀さんから「いつもエネルギッシュに岡本のために走り回る姿が浮かぶ方」と紹介された橋谷会長が「私たちの思いを一つにした樹ができました。心と目と体を使い地域の皆様と共に育てていきたいと思います」と主催者代表の挨拶。
地域団体を代表し、平成17年からバリアフリー化を陳情してきた本山中央婦人会の山本孝子会長から「美しい街に相応しい私たちの街をつくっていきましょう」との祝辞をいただきました。

駅北側にシンボルツリーを植えることに一体幾つの話し合いをしてきたことでしょう。橋谷会長から「御礼を言いたい方がいるの」との提案にまち協幹事は全員賛成。工事関係3団体(JR大阪建築工事所、摂津本山駅長、大鉄工業株式会社・摂津本山駅作業所)へ感謝状と花束を贈りました。
住民目線を忘れないJRの林絵美菜さんへは「大勢の思いと未来を重ね、机の上だけでない、人との絆を大切に夢と理想の駅舎づくりの立役者となってくださいました」と特別感謝状にひときわ大きな拍手です。

5-2会を盛り上げてくれたのが「JR西日本吹奏楽団」。駅北側を利用する三校(本一・本二・本中)の校歌演奏に続いて「ようかい体操第一」、そして「しあわせ運べるように(※2)」。新しくなった駅舎を前に「震災当時の本山駅、ようやく使えるようになった駅のこと」を思い出す人もいます。歌が人の心を結びつけるように、駅は住民にとってかけがえのない街のシンボルです。駅舎の歴史を思い出させてくれる演奏でもありました。

「じっくり見ることが出来ました」と好評だったのが「書画」の展示。駅階段の踊り場に毎月、飾られているものです。
作者・野原神川さん直々の解説付きという特典もお披露目会ならではでした。

旧駅舎の面影を探す「8つの不思議発見クイズラリー」。特別入場券を手に四百人が参加。お披露目会のために二十年ぶりに本山駅に降り立ったという紳士の姿も。
摂津本山駅北側を降りれば、住民が育てるメタセコイヤが地域を見守り続けてくれることでしょう。

石橋正敏

※1「麦の唄」 NHK連続テレビ小説『マッサン』主題歌。「あきらめない日本人への応援歌をつくってください」とのオファーを受け、中島みゆきが制作
※2「しあわせ運べるように」 阪神・淡路大震災の一週間後、神戸の復興を願い臼井真さん(小学校教諭)が作詞作曲。臼井先生も本山駅を利用する一人

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北側駅前広場完成! ここにしかない駅に

2015/05/28

141121摂津本山駅_北側駅広CG(鳥瞰)  昨年11月の2代目摂津本山駅の駅舎竣工半年遅れ? やっとのことで北側駅前広場の絵姿が形となって見えてきました。

工事に関わってこられたJRの方々に、これまでのご苦労話などを雑談式に、ざっくばらんにお伺いし、私達に都合の良いところだけをレポートします。
雑談者は、西日本旅客鉄道株式会社・大阪工事所の前田所長とその軍団の方々です。遡ること5年前、新駅舎の事前協議にお越しいただいた時から、「お願い」がスタートしました。

「地域の声に応えなければ」と 話の分かる前田所長

「地域の声に応えなければ」と
話の分かる前田所長

「え!またそんな無理なことを!」と笑ってごまかす山田係長

「え!またそんな無理なことを!」と笑ってごまかす山田係長

まず、住民からいろいろなお願い(注文ではありません。念のため)がでてきたことにびっくりした! と異口同音に発せられました。しかし、地域を愛するがゆえであるということが話し合いを重ねるごとにわかってきたとも仰っていただけました。
いろいろな「お願い」にはじめはびっくりされたことも今となれば「OK!」。社内調整では、前田所長をはじめ軍団の皆さまが相当な努力とご苦労をされているのでないかということを私達は感じていましたが、そこは、敢えて、感じていないフリで通しながら、心の中では感謝感謝でした。
北側駅前広場はJRさんの私有地のため、「金も出さないし、口も出さない」というスタンスの神戸市(途中から口は出されましたが(笑))とも、駅前広場の再整備と緑化について話し合いを重ねてきました。

「山田係長!やりましょうょ!」と地元密着型の林担当

「山田係長!やりましょうょ!」と地元密着型の林担当

「・・・」冷やタラりの三屋新担当

「・・・」冷やタラりの三屋新担当

当初は、JRとしても、駅前広場は、工事の前の姿に戻す「原状復旧」しかできないと言われていましたが、最終的には、植樹費用以外のすべての整備費を負担してくださることになりました。
ここにしかない駅にしよう!と、JRさん側からも素敵なアイデアをいくつも出していただき、いつの間にか、一緒になって、「摂津本山駅の絵」を描いていきました。
新駅舎に散りばめられた摂津本山駅ならではの施しと、まちの玄関として再整備された北側駅前広場をしかとご覧ください。
本山中央婦人会の山本会長からご提案いただいた身障者の方の停車用スペースも確保され、人に優しい駅前広場となります。車歩道分離の杭は、有事の時に大きな車が入れるように脱着可能な仕様にしていただいています。まちのシンボルとなる植樹も取り入れてくださいました。10年後にはきっとその樹も大きく育ち、私たちの自慢の景観をつくっていることと思います。

5月24日(日)午前11時~午後4時、駅前広場とシンボルツリーのお披露目会「途中下車したい駅を目指して」(美しい街岡本協議会主催・JR西日本協力)を開催します。

当日は、本邦初(!?)JR西日本吹奏楽部の皆さんがお祝いにかけつけてくださいます。
その他いろいろと摂津本山駅にまつわる楽しいことを考え中です。どうぞ、お楽しみに! 皆さまお誘い合わせの上、ぜひとも、お立ち寄りくださいませ。

 

 

 

■■ 特別寄稿 ■■

大西駅長

大西駅長

青葉が目に眩しいこの頃、地域の皆様にはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
私は昨年6月1日付で東灘区内の住吉駅、摂津本山駅、甲南山手駅の駅長を兼務する住吉駅の大西と申します。
摂津本山駅の工事も終盤を迎え、5月下旬には北側駅前広場、6月下旬には南側駅前広場が完成をする運びとなりました。ひとえにお客様、地域の皆様、協議会の皆様のご協力なくしては完成し得なかったと痛感しており、改めて感謝申し上げます。
さて、摂津本山駅の歴史を振り返りますと、開業前、この地域は神戸市に編入されず本山村となっていましたが、国鉄の電気列車運転計画の発表を機に、駅設置の請願を行ったものの認められませんでした。
そのため、本山村では、協議会を結成し、1934年(昭和9年)3月15日に大阪鉄道局へ請願を実施、同年5月5日に用地買収に伴う補償を村が行うこと、4000坪の土地を提供することにより、開設が認められ、1935年(昭和10年)12月25日に東海道本線の芦屋駅~住吉駅間に旧駅舎で開業しました。
新駅開業前から地域の皆様の駅に対する強く、熱い想いが感じられます。
また、新駅舎への建て替えが決定後も、協議会、各種団体の皆様からの数々のご意見、アイデアを頂き、現在に至っております。多くの駅がある中で、これほど地域の皆様の想いを感じる駅は少ないと考えます。
弊社は「地域との共生」を重点に置いています。今後、更に駅を中心に地域の活性化、一体化を図れるよう微力ながら努力してまいります。
最後に地域の皆様のますますのご健勝、ご発展をお祈り申し上げますと共に、摂津本山駅を今後ともよろしくお願い致します。
西日本旅客鉄道株式会社
住吉駅長 大西 和博
(甲南山手駅、摂津本山駅兼務)

サイネージ

 

 

 

 

 

 

 

 

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季刊報 美しい街岡本は、『美しい街岡本協議会』が3ヶ月に1回発行するものです。 『美しい街岡本協議会』は、美しいまちなみや豊かな自然に溢れ、清潔で安心して暮らせるまちづくりを目指して、地域住民と地域で働いている人達で、活動しています。